放射能測定器 ガイガー・カウンター


2011年3月11日 午後2時46分に突然起こった、東日本大震災。
あれから一年、未だに未解消の大問題が、東京電力 福島第一原子力発電所から放出され続けた放射能の問題。
地元の自治体・行政機能は、この大問題にも拘らず、機能停止状態が続いている。
それは、いまも止まったままだ。
議論は数限りなく行われているようだが、行動が伴わない行政機能停止状態が果てしなく続いている。

そんなことは無い、と、思われる方たちも多いはず。
しかし、現実はまったく違う。

そこで、以前から持っていたガイガー・カウンター(右のカウンター)にて自宅の近辺を測定した放射能レベル値を元に所管行政窓口へ除染依頼を何度も陳情したが、一年が過ぎようとしている今でも全く行動する気配すら無い状態が続いている。
呆れた事に、行政側から個人所有のカウンターでは放射能レベル値の誤差の問題があり、信憑性に問題がある、という反論までも受けてしまった。
そこで、行政側が実際に使用しているメーカー名、型番などを聞き、まったく同じものを新たに入手することにした。
十数万円のホリバ製カウンター(写真左)がそれである。
無駄な出費が不必要に続いている。

実際の放射能レベル値として、どれほどの誤差があるものなのかを検証した時の写真を示します。
結果的には、ほぼ一緒だった。

部分的に除染したとしても、我々が住んでいる家の近くには沢山の高濃度放射能放置地がある事を示したいと思います。
山や、湖、川の底、沼など議論すらしていない峡帯域な行政の思考だ。
その実態を身近に測定出来る身にとっては、恐ろしい限りな事態だ。
食べ物など、どんなに国の規定値以下であっても、地元産には手を伸ばさない食生活が続いている。
そうでなくとも日常生活一日中、低レベル放射能汚染された空気を呼吸し続けなければならない身としては必要最低限の守るべき事象である。
体内蓄積の恐ろしさを知るには、日本国内レベルの歪んだ英知では不可能だ。
視る眼を世界に向けないと客観性に欠ける。
少々の技術経験者なら、最悪の事態をも想定しつつ、全体の設計を頭に描くものだ。
それが今回の事案では、まったく垣間見ることすら出来ない、感じ取るとこすら出来ない、アマチュア集団の英知としか思えないのだ。
それを証するかの如く、一年経過しても、一年前と全く同じ行政状態が示してくれている。
議論、議論と、口だけ仕事人のなんと多い事かと、嘆いてしまう今日この頃だ。

この国では自己防衛とは、自らでしかなしえない事に今回、思い知らされた思いを強く抱いた次第です。
行政の言葉は、楽観論前提の希望的観測・単なるアプローチとして聴くようになってしまった。

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